侵入者の人数不明。人質の数は、家族、使用人を含めて約５０名。

　屋敷の間取りは確認できたものの、内部状況は、不明。

　侵入者はカルト集団メレンカンプ。今は廃墟と化した大都市レアモンデを建設したと言われる大魔道師メレンカンプを師とあがめる狂信者の集団だ。

　しかし、それは表向きのことで、公爵が作り上げた闇の組織と言う指摘もある。

　となると、この、メレンカンプによる公爵邸襲撃は、たんなる内輪もめなのか。

｢ピースが少なすぎる｣　

　メルローズは頭を振ると、組んでいた腕を解いた。

　しかし、食い入るように見つめる漆黒の瞳は、まだ屋敷から離れない。

　まるで、透視でも行っているかのように、そのまなざしは真剣だ。

　小さな断片を拾い集め、それをあるべきところにはめ込み全体像を作り上げるのが、情報捜査官としての仕事だ。

　少しの変化も見落としてはならない。

｢誰！？｣

　枯葉を踏む音に、メルローズは弾かれたように振りかえった。

　右手は、胸元にある短剣に掛かっている。

｢メルローズ捜査官？｣

　闇の中から、一人の男がゆっくりと姿をあらわす。

｢ええ。あなたは？｣

　男の無表情な顔をみつめたまま、メルローズはそっとうなずいた。無論、右手はそのまま胸元に位地している。

｢アシュレイ・ライオット。リスクブレーカーだ｣

｢私はキャロ・メルローズ。キャロで良いわ｣

｢状況は？｣

　メルローズの差し出された手を黙殺し、アシュレイは静まり返った公爵邸を見上げた。

 つれない同僚に、メルローズはわずかに目を細めたが、気を取りなおし て口を開いた。

｢状況も何も、まったく内部の状況がわからないの。今夜は様子を見て、情報を集めてから…　｣

　手を振るだけでメルローズの口を封じ、アシュレイは屋敷へと歩を進めた。

｢エージェント・ライオット！｣

　内部状況のまったくわからない中に突入するのは、あまりにも危険だ。たとえそれが、己だけが頼りの単独行動・もしくは２、３人の小人数で常に行動する戦闘のエキスパート、危険請負人のリスクブレーカーでも、無謀と言うものだ。

　それに、下手に刺激を与えて、人質に被害が出てはたまらない。

｢今、行くのは、危険だわ。明日、応援が来るのを待って、きちんと内部状況を確認してから…　｣

　こううるさくてはかなわないとおもったのか、アシュレイの足が止まる。

　ゆっくりと振りかえり、まっすぐにメルローズを見つめる。

｢その応援が、俺だ｣

｢え？　｣

　思わず間の抜けた声をメルローズが発した瞬間、屋敷の窓がはじけ飛び、炎が夜空を赤く染める。

｢馬鹿な、何が…　｣

　屋敷にうごめく影に目を凝らす。

　炎で赤く輝く甲冑は、狂信者どもの物ではない。

｢聖騎士…　馬鹿な｣

　国教であるヨクス教の教皇を守る聖印騎士団が、なぜ、ここに現れるのだ。

　議会と対立する教会に、議会が援軍を要請することは考えられない。

　相手がヨクス教を否定する狂信集団メレンカンプだからか？　しかし、ヨクス教は、王が保護する国教ではあるが、異教徒を勝手に殺しても良いと言う許可があるわけではない。おまけにこの事件は、テロであって、教会が介入すべき事件ではない。

｢エージェント・ライオット？｣

　はっと、我に返ったメルローズの瞳に映ったのは、炎で赤く照らし出された屋敷の裏門に消えて行くアシュレイの後姿だった。

　しかし、その姿も、突如落ちてきた門の扉でさえぎられてしまった。

｢何なの。何なのよ、もう！｣

　結局、私は見ることしかできない。

　唇を噛み、メルローズは屋敷をにらみつけるように見上げた。

　こうなったら、事件の推移だけでも、見れる限り、見届けてやる。

　赤く輝く炎を見つめながら、メルローズは一瞬の変化も見逃さないように、目を凝らした。

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2004. 1. 8 up

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